2010年 7月
今年はサッカーのワールドカップで日本の快進撃に予想外の盛り上がりをしましたが、
マスコミも含めて人の評価というのはいい加減なものですね。
事前の負け試合に、是でもかと言う程、ケチョンケチョンに酷評していた者達が、
結果が出ると途端に掌を返した様に持ち上げる。
まあスポーツも政治も“勝てば官軍”結果次第ですけどね。
本田も散々ビッグマウスだと揶揄されていましたが、まだ南アフリカへ行く前のインタビューで、
“やるからには可能性がある限り優勝目指します”と公言していたのが、
驚きと共に何やら新鮮な気がした事を覚えています。
とかく日本人は謙虚を美徳とし、仮令心の中で思っていても、
“皆さんの声援を頂いて、ベストを尽くします”としか言わないのが恒例となっています。
処が、この途轍もない型破りの発言が波紋を呼んだ事も事実ですが、
(現に其の時にはバッシングの最中だったんですから)
是ほどはっきりと明確に自分達の行きたい場所を自分の中だけでなく、
臆することなく明言するのは勇気のいる事ですが、反面とても大事な事です。
結果がどうなるかわからない事であったとしても、
厭くまで自分がそうなりたいと思っているのは真実なんですから。
其れを言う事で、ある意味自分を追い込む、より責任感を実感させる厳しい鞭です。
ですが、其の行為は自分の中にある、まだ使っていないポテンシャル(潜在能力)を表へと引っ張り出す
“火事場の糞力”となります。
しかも岡田監督が言っていた様に“激しく冷静に”理性を持ってという事です。
新しい日本人の若者も捨てたもんじゃない。中々逞しいですよね。
其処で本田選手では無いですが、皆さんにも出来る大事な事をお話します。
誰がどう望んだ処で、初めから当たりの宝くじは売ってはもらえません。
どう頑張った処でチャレンジした事が必ず上手く行くとも限りません。
ですが、そうなりたいと望んでいる事は何も間違ってはいません。
“宝くじが当たったら何に使う?”と想像するでしょう?
初めから×の結果を想定するなら誰も買いませんよね?
ですから“あなたの望む到着地点”言い換えれば“自分の降りる駅”をしっかりと決める事が大事です。
“そうなりたいな そうなればいいのにな”という希望的仮定ではなく、
“もうそう成ってる もう既に望んだ場所に立っている”自分を完了形で想定しなさい。
そうすれば、仮令行った事のない北海道の稚内という駅であったとしても、
何時々自分は此処に立っているんだと決めれば、遡って何時どの駅から何線に乗って何処で乗り換えて
どうやって行くかの道筋がはっきりと見えてきます。
ひょっとしたら其の手段が飛行機なのかもしれませんし、
いずれにせよ自分の状況に応じた望んだ場所へ行く為の方法が、しっかりと手に出来るのです。
仮令、近畿圏内の近い駅であったとしても、降りる駅が解らなければ・定まっていなければ、
何処から乗ってという筋道も立て様もありません。本田君が言ったのは正に此の事なんですね。
少なくとも自分が其れに向かって頑張っているなら
“Impossible is Nothing”不可能なんてないんですよ。
私の教室の名前も“Possible 可能性”です。