2019年 8月
今月はお盆の月だからと言う訳ではないですが、私が昔から好きな詩人
“谷川俊太郎”さんの、ちょっと死について書いている詩を紹介したいと思います。
谷川俊太郎さんは87歳になる御高齢ですが、昔からマザーグースの翻訳者としても有名です。
ご自分の事をチビで禿頭の年寄り等と自虐的に評していますが、
子供にでも分かる平易な言葉の裏にとても深い意味が隠されています。
読んだ人、一人一人が其々の思いで感じてくれれば幸いです。
おばあちゃんとひろこ 谷川俊太郎
しんだらもうどこにもいかない いつもひろこのそばにいるよ
と おばあちゃんはいいました。
しんだらもう こし もいたくないし め だっていまよりよくみえる
やめてよ えんぎでもない と おかあさんはいいました
こどもが こわがりますよ と おとうさんがいいました
でもわたしはこわくありません
わたしはおばあちゃんがだいすき
そらや くもや おひさまと おんなじくらい
おばあちゃん てんごくにいかないで
しんでもこのうちにいて
ときどきわたしのゆめにでてきて
おっけー と おばあちゃんはいいました
そして わたしとゆびきりしました
きょうはすごくいいてんき
とおくに うみが きらきらかがやいて
わたしは おばあちゃんがだいすき
皆さんはこの可愛さの裏にある色々な思いを感じ取れましたでしょうか?
今ではほとんどが核家族になり、この様に祖父母と一緒に暮らす事もなくなりました。
長命による介護の苦労や老人の暴走運転などの老害が取り上げられて久しいですが、
一方では経験を重ねたお金では代えられない
豊かな深い愛情も家族に渡す事は出来るんです。
何でもそうですが、良い所と悪い所の両方あります。
出来る事ならほわっと良い所を見て行きたいもんですね。