2025年4月
確か去年も言いましたが、春先3月というのは、どうも小さい時から鬼門で、
小中高大どの卒業式にも何故か縁がなく、どの時もまともに出られていません。
小学校は役を与えられていたのに、直前に腹痛で保健室。
中学校はその日、記念切手の発売日で、どうしてもシートが2つ欲しいから
ついて行ってくれと友達に頼まれて遅刻して、先生に叱られて、
講堂の外に立たされて入れてもらえず。
高校はインフルエンザで欠席。大学は追試と重なってアウト。
なんか不思議やし、笑うでしょ。一体どんな巡り合わせ?
それからも、そりゃ色々とあって、まあその鬼門を乗り越えて
来たから今があるんですけどね。
去年は、気管閉鎖みたいになって僕が死ぬかと思いましたが、
今年は僕の一番の秘孔・泣き所の妻・ママが倒れました。脳出血です。
正に、驚天動地とはこのことで、どないなっても“べっちょないで、大丈夫やで!”
と笑って来たママがです。
1分を争う中で、色々な奇蹟というか、ラッキーが重なって、
今はリハビリを出来るまでになりましたが、一時は言葉を失うか、
左半身麻痺かまで言われたんですよ。
まあ、最悪を想定してという事ですが、出血の箇所がちょっとでもズレていたら、
そうなってしまう可能性もあったそうです。
ましてや生命が・・・ってことになっていたら、こんなことは言えてないでしょうが、
これまでホンマに僕の半分以上がママで出来上がっていましたから。
みんなはママの一日も早い回復を願うのと同時に、
“先生、生きて行けんのん!生活出来んのん?先生が倒れたらアカンでな!”と
こっちの心配もしてくれます。
でも、ビックリから覚めると流石に50年も皆さんやお弟子さんに伝え続けて来た
恩思恵が、心にも身体にも入っていて、我ながら意外に対応出来ているんです。
炊事・洗濯・風呂・ゴミ出しetc。掃除はちょっと苦手ですが、生活のルーティン、
お店と仕事の継続、そして何より決して“何で自分がこんな目に・・・”という
被害者意識の毒を入れずに、いくら自分の真実(理想)とはかけ離れた事実が、
来たとしても、ちゃんとそれを受け容れ・受け止めて、
じゃあ現実これからどうやって行くかをしっかりと考える。
だからアカンではなく、全てだからヨカッタに置き換えて。ということがです。
天から落とされた玉の片割れを見事見付けて合体した僕たちは、
こんなことでは“めげなかった”嬉しさを今噛み締めています。
勿論、ママにも言いましたが、
“皆さんありがとう。大好きやで”