2018年12月
皆さんは、フランス語のelegance(エレガンス)と聞くと何を想像しますか?
本来の持つ意味は、シンプルで美しい様子という事ですが、その意味を手繰ってみると、
優雅・優美・洗練された・上品な・品格がある等となっています。
皆さんが思い浮かべるイメージも多分同じだと思いますが、
不思議な事に様々な仕事や色んな異なる立場のフランス人に聞いてみると、
皆一様に声を揃えて同じ事を言うのです。“自分を尊敬し、同時に他者を尊敬する事”と。
例えば、マルシェで魚を売っているおじさんは、毎日シャツを替えてとてもお洒落である。
“ムッシュは毎日お洒落ね”と言うと、“幾つになっても自分を尊敬していたいからね。
その為には格好良くなくっちゃ。お腹が出ていても頭が薄くなってもだぜ”と笑う。
そしてそれが同時に他者への尊敬でもあると言う。
“おじさんが素敵だからここへ買いに来るのよ”とお客さんが言ってくれるのさ。
そしてその魚の並べ方が他のお店とは全然違う。砕いた氷を惜しげも無く重ね、
そこに一匹々の魚を立てる。まるで泳いでいる様に。おまけに水草の代わりに
観葉植物を散らして。“まるで生きている様だろう?見てるだけでも嬉しくならないかい?
そりゃお金と手間は掛かるさ。でもお客さんの喜ぶ顔をみるとやっぱり嬉しいじゃないか。
だから相手を尊重するって事は自分を、自分の遣り方を尊重するのと同じ事なんだよ。
これがエレガンスさ”と。隣の八百屋のお兄ちゃんも“お客さんの満足が僕の喜びさ。
それがエレガンスって事だろ?”と同じ事を言う。
次にアンティークショップのムッシュは、“自分の審美眼と信念は曲げないよ。
自分を尊敬してる・信じてるからね。一つ一つの品物はそこに歴史があるんだ。
持っていた・使っていた人の想いがあるからね。それをちゃんと尊敬してあげなくちゃ。
私がそう思って大事にしていると、その想いは買ってくれたお客さんにも必ず伝わるんだよ。
お客さんの想いも大切に尊重するって事だね。どうだい?エレガントだろ?”
“何も大上段に大げさに構える事なんてないんだ。自分を大事にして相手も大事にする。
ただそれだけだよ”と。
最後に大きなシャトーに住む、多分貴族であろうマダムを訪ねた。
魚屋のおじさんではないけれど、其れこそ上品に歳を重ねたシルバーヘアのマダムは、
勿論良い服を着ているんだろうが、兎に角その立ち姿と姿勢と佇まいがお洒落。
“ああエレガンスとはかくありき”と思わせてくれる。そこでマダムにとってエレガンスとは?
と尋ねると、このマダムの口から出た言葉も同じだった。
“来てくれる知り合いやお客様をがっかりさせる事なくおもてなしする事だわ”と答えた。
“でも調度品にしてもテーブルセッティング一つとってもお金持ちだからエレガントに出来る
って事もあるでしょう?”と言うと“確かに私のしている事はそうかもしれないわ。
でも高い物・安い物は関係ないの。私はバカラでなきゃと思った事は一度もないわ。
どんな生活をしていたってまず自分に自信を持って、相手の倖せの為に仮令小さな事でも
心遣いや気配りが出来るかどうかなの。その為にはまず自分が倖せだと思えていなきゃね。
結局、究極のエレガンスって自分も相手も倖せにって事なのよ”と優雅に微笑んだ。
“倖せになると倖せにする”前者は自分で、後者は人。順番を間違えずに同時にどちらも叶える。
エレガンスの極致とは、世の東西を問わず“自分を信じて相手を信じる。人は決して完璧じゃない
だからチャーミングだし、だから共に許し合い協力して生きる”という事。
私の一番大好きなダライ・ラマの言葉の様に。“お人の邪魔をせぬ様に、自分に無理をせぬ様に”
自分も相手も両方大切に“お・も・て・な・し”という共存の世界を説いているんですね。