2023年4月
日本の侍ジャパンのWBCでの血湧き肉躍る様な倖せな昂りは、
まだ記憶に新しいことと思います。
監督・コーチをはじめ、全選手皆、各々の持ち場で活躍しましたが、
やはり大谷翔平くんのポテンシャルは群を抜いていました。
これまでにこんな楽しそうで、嬉しそうで元気で仲良しで、
そして強いチームを初めて見た様に思いました。
他国のチームと比べても非常に年齢も若く殆どが20代前半でしたから、
その若さは怖いもんなしだったんでしょうね。
それぞれ緊張はあったにせよ、下手な萎縮をする事なく、
最後の大谷くんの言葉、“今日だけは憧れるのはやめましょう”を正しく体現していました。
結局、色んな意味も含めて、大谷翔平くんは“究極の我儘”なんでしょうね。
我儘というと、ともすれば自分勝手や自己中と捉えられがちですが、そうではなく、
我がのまま・自分のまま・素の自分、本当の自分を何も臆する事なく見せるという事なんです。
でもそこには、色んな他人との兼ね合いの中で、一体どこまで我儘を出せるか、
又は出してもいいのか、これが問題になります。我儘はエゴとも言い換えられます。
エゴは自分はこうであるという強い自己主張ですから、
それがそのままぶつかり合っては纏まらないのは明白です。
ですからそのエゴをどれだけ普段からの柔らかいオブラートで包めるか、
そしてそれが出来ているか、これはとても難問ですが、
大谷くんは日々の行動の中から易々とクリアしているのです。
分け隔てなく、誰にでも笑顔を向ける、ジョークも交えたコミュニケーションも取る、
常に相手の事を考えて(いちいちゴミを拾うのは有名な話ですが)、
どうすれば気持ち良く過ごせるかを自分に強制するのではなく、
とても自然体な無意識でやっている。そしてその裏では、
水鳥が水面下で途轍もなく足を掻いている様に、ストイックな鍛錬は怠らない。
イチローさんは同じストイックさでも、まるで苦行僧の様な雰囲気でしたが、
それに対して大谷くんは楽しそうに苦を乗り越えている様に思えるんです。
だから皆さん口を揃えて、“永遠の野球小僧”とその純粋さを讃え、驚くのでしょう。
そもそもが二刀流というのがプロの世界では無理だと反対され、
打者なのかピッチャーなのかの選択を迫られましたが、
彼は言う事を聞かず自分の我を押し通しました。
その受け皿になったのが日ハムの栗山監督だったんでしょうね。
高校からすぐにメジャーに行きたかった大谷くんを、
“今このままアメリカに行けばありえない事だと潰される。
まず日本でその実績を作ってから行くべきだ”と説いたのです。
その自分のエゴをぶつけられる相手がいるかいないかは大きな差でした。
そしてそれを大谷くんに限らず、誰だって自我=エゴは本来あるべきものですから、
あなたにもそのエゴをぶつけられる・そして受け止めてくれる相手がいるのか、
いるのならそれは誰なのか、顔を浮かべてご覧なさい。
その存在がいるのなら何と倖せな事か、改めて感謝の念を持ちなさい。
そしてその幸せを感じる為には、日々のあなたの行動がものを言うのですよ。
あなたのエゴを理解してもらう為に、
内外問わず心配りと努力が要るのは言うまでもありませんからね。