2026年4月
私がこの占い・占術に出会い、携わってから50年以上・半世紀にもなります。
“半世紀て 先生いったい歳いくつ?”てよく聞かれ、“はい 古希70歳やで”
と言うと、“エッウソ!”とびっくりされます。
そういえば去年も高校の古希同窓会があり、まあ皆歳相応にオジイさんに
なっているのですが、“三寺くんちっとも変わらへんな すぐ判かったわ
何なんアンタ”なんて言われたなあ。
まあ、それが良いのかどうか分かりませんが、体型やオシャレに気を遣うのは
別として、私を形造っている魂の根っこの部分が、小さい時・若い時・今と
流れが変に捩れる事なく、一緒なんやろなと思います。
そりゃ何も変わらずなんて事はなく、その時々には色んな事がありましたよ。
大学・就職・独立・結婚・子供・転居・地震・転職・復職・送親・返済・妻病etc、
思い返してみれば本当にね。
でも、その様々な変遷の中で、捩れず変わらず来れたのは、紛れもなく
まるで奇跡のように僕の見護りをバトンタッチしてくれた
母と妻(オカンと嫁さん)のお陰だと思います。
何でも最終的にやるのは・やらなイカンのは当然自分やけど、
人として通さねばならない筋と、尽くさねばならない礼とを正し忘れぬ様、
さりとて過度にはならぬ様、いつも助言し寄り添って、
“What do I want”僕のしたい事を決して否定せず協力してくれた、
正に文殊菩薩と普賢菩薩、智慧と慈悲を体現する
ペアの悟り(智)と実践(行)の菩薩です。
そして、“三人寄れば文殊の知恵”と言われるように、どうすればいいか・
どう考えればいいかの一番良い方法を選んで来たような気がします。
文殊の母は、見送ってもう33回忌も越えましたが、
その教えは今も脈々と生きていますし、
普賢の妻はいつも要らぬ毒を断ち切ってくれています。
故にこの歳になっても純粋でとまでは言いませんが、
捩れずに変わらずに居らしてもらっているのです。
“アンタ倖せなこっちゃな” ハイそうでございます。
お人を観る為には、私自身がニュートラル・ナチュラル・フラット・クリアー
でいることは何より大切な一番の条件ですからね。

