2026年6月
いつかは自分たちにも、その番が廻って来るのかもしれませんが、
歳を取れば介護含む親問題に直面します。
仮令、その時は悲しくても、癌などの病気で亡くなるのなら、仕方がないと
受け止めも出来るのでしょうが、悩むのは・実際困るのはそうじゃない場合です。
身体は元気なのにボケや認知症が進んでしまう。もう一つは
頭はしっかりしているのに身体が不自由(歩けなくなる等)になってしまう。
この二つの形です。
どちらも自力で暮らして行くのが困難になります。
昔は三世代、中には四世代同居も珍しくはなく、皆な家で看ていました。
それが出来たのは、家族が沢山居たから、その為の手がいっぱいあったからです。
核家族が当たり前の様になってからは、それが出来なくなり、
外の手を借りなくては無理になりました。
昔に比べれば、その為の制度や施設も増え、それなりに選べる様にはなりました。
サ高住・グループホーム・リハビリ介護病院・特養etc。
でもお金持ちの高級老人ホームは別として、ソコには費用が掛かり、
又お金だけではなく時間・仕事・労力・家族・心など、
計り知れない調整と苦労が同時に掛かって来るのです。
誰でも自分の親の事ですから、出来るだけの事をしてやりたい、
その為にはどうするのが一番良いのかを迷い考えるのです。
中には酷いやつもいますが、(そんな兄弟の相談はよくあります)
いい人であればある程、際限なくその落とし所を悩むのです。
そりゃ色々とあります。
本人の気持ち・施設の良し悪し・お世話になる人との相性・薬などの対処の手段・
もちろん家族をはじめ周りの理解と協力など・そしてお金と仕事。
一体何処まですればいいのか。
これだけ高齢化社会になると、人一人が一生終えるのは、こんなに大変なんです。
でも最後はあなたが決めるんですよ。
自分の心に問いかけてごらんなさい。
答えは視えて来るはずです。
ただその中で、“そんな訳には行かへんやんか”の呪縛で、
決してキャパオーバーの無理をし過ぎぬ事、
“あなたの出来る事と出来ない事の線引き”はキッチリと引いておきなさい。
あなたが出来るだけの精一杯の事をすれば、何も後悔は要りませんからね。

